【読書】 ダウド・ハリ「ダルフールの通訳:ジェノサイドの目撃者」

生き延びているから伝記を書いているに決まっているのだけれども、それでも

「え、これはもう助からないのではないか」

と何度も思ってしまうほど、ぎりぎりのところを生きてきたスーダン人のお話を読みました。

 

ダルフールの通訳 ジェノサイドの目撃者

ダルフールの通訳 ジェノサイドの目撃者

 

 

著者のダウド・ハリ氏はスーダンダルフール地方出身で、故郷が襲撃に遭ったのを逃れて以降、通訳としてチャドやスーダンを行き来する仕事をしていた人です。

 

危険地で何が起こっているかを世界に知らせるために現場に行くジャーナリストの通訳だし、通訳と言えど本当に言葉を訳すだけではなくて危険回避のためのアレンジとかその場の判断を含めた同行者の仕事だから、完全に危険な場所に入るし危険な目に遭いまくるし、という仕事。

 

本当にハラハラするし、胸が締め付けられる描写も多いけれど、書き方に常にユーモアさがあって、独特の言い回しが皮肉っぽくもあり詩的な部分もあり文章として美しい。原書はアラビア語だったのかな?英語?

そして絶望の淵でも笑うことはまだまだあるんだな、と思わされる。

 

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いろいろ印象に残ったけれど、あるアメリカ人ジャーナリストに同行してダルフールに行った時に、スーダン政府軍につかまり、無理矢理スパイ容疑をかけられ、散々拷問を受けた後にヘリに詰め込まれて移動中、ヘリが地上から撃たれて弾丸がエンジンに当たり墜落寸前、という状況になった時のことがあります。

 

なんとか着陸するという時に、政府軍側の指揮官から「最近何か食べ物を与えられたか?」と聞かれて、その意図に気づいた著者はそんな時なのに思わず笑ってしまったそうです。つまり、指揮官は「ちゃんとしたもてなしをしなかったからヘリが災難に遭った」と思っていたから。

スーダンの人がおもてなしにとっても力を入れていることはこれまで私も3回の出張を通してもひしひしと感じていて、「ああ、スーダンのおもてなし!」という感じで素敵な文化なのですが(貧しい人には分け与えることから始まり、外国人でもとにかく人がちゃんと食べてるか気にする、お客さんにはごちそうするのが当たり前、等)、それがスパイ容疑で今にも殺されそうな場面でも遭遇するとは…

 

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スーダンの「朝ごはん」。出張行くといつも出してくれて、どんどん食べるようすすめてくれます。これに限らず遠慮したりすると、ちょっと悲しい顔をされる。

 

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どうして、こんなに神を信じおもてなしをしなければという伝統的なあたたかい心も持っている人たちが、殺し合いはできてしまうのだろう。

何度も何度も世界中の人が考えてきたようなことだろうけれど、それでも私も同じようにまたそういう気持ちにならざるを得ないんです。