【読書】 Nadia Murad "The Last Girl"

IS(いわゆるイスラム国)に家族を殺され、自身は性奴隷として拘束され、逃げ延びた後に人権活動家として働いている功績で2018年ノーベル賞を受賞した、ナディア・ムラドさんの自伝。

 

The Last Girl: My Story of Captivity, and My Fight Against the Islamic State

The Last Girl: My Story of Captivity, and My Fight Against the Islamic State

 

 

世界がムラドさんを知ったのは、「ISの性奴隷を経て残された同胞のために人権活動をしている」からで、そうなると

ムラドさんのことは「危険な国でISに捕らわれ性奴隷になった人」という目でしか見られなくなりがちだけれど、

この本を読んで、

それ以前は本当に普通の生活を送っていたんだ、ということがよくわかった。

 

特に日本から見れば、イラクのクルド人少数派のヤジィーディー教徒、と言われてもあまりに遠いし、なんとなく遠くの不思議な宗教を信仰している特別な人で危険と隣り合わせのようにも見えてしまうかもしれない。

でもISに捕らえられる前のムラドさんは、別に危険な国で危険な運命を覚悟しながら生きてきたわけでも、少数派の宗教だからすごく変わった生活をしている、みたいなことは全然なく、

貧しいながらも、家族を大事にして、おしゃれが大好きで、お母さんが大好きな普通の女の子だったということがわかる。本の最初の方は、農村部の美しい風景が目に浮かぶような描写で生活や家族のことが静かに書かれていて、その後の悲劇は想像がつかない。

 

そんな中、ISの性奴隷にされてしまうなんていうと、それもイメージとしてはある日突然村が襲撃されて連れ去られる、という感じがするけれど、実際はもう少し時間をかけて段階を踏んでいる。そしてもう後戻りできない状況にまでじわじわと追い詰められていった様子が書かれていた。

描写は細かく鮮明で、その追いつめられる過程で大切な人たちが傷つけられたり、励まし合ったり、そういう一つ一つ悲劇的なことが重なり重なり、そして最悪の立場へと無理強いさせられていく様子。一つ一つの感情の動きに同調する分、私がその立場だったらと考えずにはいられず読んでいて苦しい。

 

性奴隷から解放された後に、活動家として世界に発信していく勇気はすさまじいもので尊敬しかなく、そして本を読んでいてもその勇気の根底に流れる意志の強さや知性がところどころで垣間見られた。

すごく弱くて無力さを突き付けられ続ける環境でも、最後まで失われなかった強さ、それが彼女が最後まで逃げ続けられたことに繋がっていると思う。

逃亡する部分の描写は、しばらく読んでいて手に汗握る。家に帰るまでに越えなきゃいけない壁があまりにもたくさんあって、その度に震えるほど怖い思いをして、しかも家に帰っても家族は多数殺されてしまったし、ヤジィーディー教徒では絶対的に求められる「結婚するまで処女でいなければならない」というのを失った状態で帰る不安も抱きながら逃げ切った物語。

 

今仕事で難民の方と関わっていて、私の仕事の場合は南スーダン難民という点で違う。でも、難民にならざるを得なかったというのは、一人一人が異なるやむを得ない理由を抱えて故郷を離れざるを得なくなった事情を抱えている点で同じで、その一つをこの本でしっかりと理解したということが今後の難民支援事業へのかかわり方の意識にも影響したと思う。

 

人はどこまで非道になれるのか、良心とは、と思わずにはいられず途中読むのがつらくなったけれど、そういうことが起こっているのを知ることが、ムラドさんの想いであると受け止めて、最後まで読み続けた。

 

 

日本語版

THE LAST GIRLーイスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語―

THE LAST GIRLーイスラム国に囚われ、闘い続ける女性の物語―

 

 

 

 

あと囚われた系で前に読んだこちらを思い出した。

イラクとシリア、普通に暮らしてた女の子とジャーナリスト、出身者と外国人、そしてやはり女性と男性で、経験する不条理・壮絶さの性質が全然違うということがコントラスト際立つ。

 

 

最後に、2018年ノーベル平和賞受賞式でのムラドさんのスピーチ